人、モノ、地域を
発酵するように温め育む

寺田 栄里子

(旭日酒造有限会社)

出雲市出身。旭日酒造の長女として生まれる。京都の大学を卒業後、老舗茶舗に勤める。平成13年に出雲に戻る。下積みを行いながら、県内外へ日本酒の良さを広めていく。平成23年に本格的に酒造りに関わる。現在は副杜氏として旭日酒造の酒造りに勤しんでいる。

生まれ育った環境が
進路へ導いていく

明治2年に創業した旭日酒造。十代目・佐藤誠一の長女として生まれました。蔵は出雲市駅から徒歩5分の中町商店街にあり、表は店頭、中央に母屋、その後ろに瓶詰め場があり、その奥に仕込蔵があります。冬になると蔵人集団が平田市(現在の出雲市平田地域)から酒造りをするためにやってきました。酒造りは寝食を共にしながら約6か月続く仕事。仕込んだお酒を全て搾り、貯蔵まで終えて春に自宅に戻っていく造り手の皆さんを身近に感じつつ、仕事で日々いろいろな方が出入りする中で子供時代を過ごしました。私にとって、それが当たり前の暮らしでした。

高校卒業後は、なんとなく窮屈に感じていた出雲から出たくて京都の大学へ進学しました。何かになりたい...という夢をもてない子ども時代を過ごしていたので、明確な目的をもった進学ではなかったですね。就職活動も京都で出会った方々との繋がりを大切にしたかったことと、スーツを着てヒールを履いて仕事をしている自分の姿が想像できなかったため『自分らしく仕事をするには?』と考えたうえで、お茶や和菓子の「老舗」を中心にまわりました。そして宇治茶のお店にご縁があり就職することになりました。

出雲が嫌で県外へ出たにもかかわらず、選んだ地が出雲と雰囲気が似ている京都。就職先も実家と同じ製造業。お酒とお茶は水に味を溶かし出すという共通点もあります。当時は全く意識していませんでしたが、振り返ると透明なレールの上を歩かされていたな~と思います(笑)。

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日本酒がつなぐ
人とのご縁

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お茶屋で3年働いた頃のことでした。祖父が亡くなり両親の代に替わったタイミングで、戻ってきてほしいとの要請を受け、家業に関わることになりました。

帰った当初は杜氏が蔵人を率いて酒造りを行っていたので、私はアルバイトという立場で瓶詰めやラベル貼りを行う詰口という仕事をしました。酒蔵の娘とはいえ、その中で暮らしていただけで、酒造りの学校へ行っているわけでもなく知識はゼロ。気持ち的には出雲に呼び戻されたというマイナスからのスタートだったので、はじめは居場所がなく自暴自棄でしたね...。それが酒の仕事に関わり1年経つと...次第に魅力に気づきはじめハマっていったのです(笑)。

なぜハマったかというと、酒がつなぐ人との出会いに喜びを感じたからでした。遠方の取引先に父親と訪ねた際、飲食店の方が器や温度を変えたり、料理との相性を吟味しお客様をいかに楽しませるかを創意工夫しておられる姿を間近で体験できたこと、それを味わって最高の笑顔を見せるお客様と出会えたことは私の中で大きな変化を起こしました。『私は、皆さんがこうして楽しんでいる日本酒を生み出せる現場に生まれてきたんだ!』と思えるようになったのです。日本酒を大事に思っていただいている方のためにも、もっと良い酒にしたい!もっと、酒造りに関わっていきたい!という探究心、向上心が湧いてきたのでした。

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米と水と麹と
食にあった日本酒造り

造り手の高齢化もあり、出雲に戻り5年目には本格的に酒造りに加わることになりました。10年目には夫が杜氏、私が副杜氏となり、ベテランから若手まで幅広い蔵人と共にチーム一丸となり旭日酒造の酒造りを行っています。

銘柄「十旭日」は、米と微生物の発酵の働きに素直に寄り添う日本酒です。人間が意図的にコントロールするというより、傍らで見守り、必要なときに手をかける感じですかね。もともと熟成したタイプのお酒も造っていたため、この蔵だからこそ生まれる味に興味を持ち、蔵に住みつく酵母を導く造り方の「生酛造り」にも挑戦を続けていますし、米そのものの力にフォーカスした農薬不使用の栽培の米、自然栽培の米での造りも少しずつ増やしています。種類がたくさんあるのは「米」とそれを生産する「人」との出会いに応えるよう試行錯誤した結果の積み重ねです。うちの造り手は、料理とあわせて日本酒を楽しむことを幸せと思っているので、十旭日は日常使いしやすいタイプ、日々の暮らしに馴染む日本酒が多いように思います。それぞれの米の特徴が出ていて無理していない味でもあり、温度を変えることで味の印象も変わり、より楽しめるという幅も魅力でしょうか。

本当なら造り手として「こんなにこだわっているから美味しいんだよ!」と細やかにお伝えしたら良いかもしれません。でも私は、素人から出発した自分が感じた新鮮な驚きや喜びをお伝えしながら「美味しい」「楽しい」を基本に、日本酒を身近に感じてもらえたらと思っています。そしてゆっくりと深い魅力を一緒に味わいたいと思われる造り手になりたいです。まだまだ修業の身。学びながら、繋がりをもちながら、楽しい輪を広げながら、この出雲の地で醸す日本酒に携わっていこうと思います。

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ITと酒造りの融合
酒も人も「発酵」がキーポイント!

11月から4月は酒を造る期間なので休日はなく、プライベートの時間はほぼありません。しかし夏場は飲食店めぐりやイベントに出かけて「ご縁」をたくさんいただいています。そのご縁の一つなのですが、十旭日を扱っていただいている飲食店に出かけたところ、IT企業の方との出会いがありました。酒造りの現場の話をしたことがきっかけで、麹の温度測定ができるソフトを開発していただきました!麹の出来はお酒の味を左右する大事な部分。相手は微生物なのでとても神経を使います。これまではこまめに現場へ行っては温度を確認し、麹の成長を見守っていたため、睡眠もままならない状態でした。それが、今は麹に挿した温度計から連続した温度の情報が手元の携帯電話のアプリに届くため、麹の状況や傾向がつかみやすくなり、安心して見守ることができるようになりました。手入れや積み換えなどの作業自体は変わらないのですが、麹の様子を手元で把握できることで心のゆとりが生まれ、造り手の健康を保ちながら長期にわたる造りを乗り越えることが可能になったと思います。

そういう一つ一つのご縁のおかげで、ずっと思い描いていたことが実現に向けて動き出している感覚があります。「発酵」はお酒だけではなく、人の繋がり・関わりが広がっていくことも「発酵」と表現していいと思うのです。私の中の密かなテーマですが、モノや人との関わりが循環することで、だんだん範囲や面が加わって広がっていくイメージを持っています。酒造りもしかり。見えないものに守られていることに感謝しつつ、見えないものと共に醸す深い意味を軽やかに変換しながら、自らも醗酵しつつ、酒を愛してくれる若い次世代の人に託しながら、ご縁の土地出雲からもっと繋がりを広げていきたいです。

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出雲人が薦める出雲

斐伊川
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東側からきた場合、出雲の中心部へは、斐伊川を越えないと入れません。橋を渡りながら斐伊川を見ると「出雲に帰ってきたなー」と思います。特に雲の合間から光が川に差し込む様子はとてもキレイ。水の風景はとても安らぎを与えてくれます。

中町商店街
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子どもの頃はとても賑わっていた商店街でした。土曜夜市はたくさんの人であふれ、父をはじめ商店街の人たちは、お店そっちのけでお化け屋敷や屋台をして地域を盛り上げていました。その姿を見ているので、私も商店街の活性化に一役買いたいです。今、外からも人が入り、住民と一緒になって活動がはじまっています。おもしろい展開になりますよ!

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