【感動秘話】出雲のソウルフード「バラパン」のルーツを辿ったら、心温まる物語に出会えた

950x587 barapan1

出雲のソウルフードといえば、もちろん「出雲そば」だ。全国的に存在が知られており、県外の観光客はモレなく食して帰るに違いないだろう。しかし、近年注目を集めているもうひとつのソウルフードがある。それは、「バラパン」だ。女性誌に取り上げられたり、人気漫画に登場したりしているのだとか。改めてバラパン誕生の裏側に迫ってみたいと思う。

普段は東京で過ごす私は、帰省の折に出雲縁結び空港に降り立つと、必ずこのバラパンを目撃している。というのも、空港で販売しているからだ。

 

barapan2.jpg

まずは、バラパンを広めるために「日本バラパン友の会」を立ち上げて、地道に普及活動を続ける、ふじひろ珈琲(有限会社藤博)の社長、伊藤博人さんにお話を聞くことにした。

barapan4.jpg

と、その前に。意外と出雲の人でも知らない豆知識を紹介しよう。本来バラパンは、白バラ・コーヒー・和風バラ・ホイップの4種である。ところが、ふじひろ珈琲に行くと、マロン・イチゴ・抹茶・たまごサラダの4種を販売している。

barapan5.jpg

これだけでなく、季節ごとに中身が変わるのだとか。なぜ、製造元のなんぽうパンにはない、バラパンを販売できるのだろうか?

barapan6.jpg

実はその理由が、バラパンの普及と関係している。伊藤さんは、島根の“売り”を作りたいという思いから、すでに全国的に知られている出雲ぜんざいの普及においても活躍していたそうだ。「日本ぜんざい学会」の立ち上げにも関わり、出雲ぜんざいで成果を出している。

その経験を元に、バラパンの認知を高めるために、「日本バラパン友の会」を立ち上げて、少しずつその努力が実を結んでいるのである。さて、ではなぜ、ふじひろ珈琲にはオリジナルのバラパンがあるのかというと、パンの生地を直接なんぽうパンから仕入れているからだ。仕入れた生地を元にして、バラパンのバリエーションを考案し、お店で提供しているのである。

barapan10.jpg

伊藤さんは、単純に商品が売れることだけを願っている訳ではない。バラパンを広めることには、もっと深い意味が込められている。伊藤さんは東日本大震災以降、被災地に出雲ぜんざいとバラパン、コーヒーを届ける活動を続けている。出雲発のバラパンを被災地に届けることにより、「出雲の人たちが被災地を応援している」という姿勢を伝えたいのだ。

ただ物資を届けるだけの支援なら、物質的に満たされるのかもしれない。しかし被災地の人たちは、時に不安になったり、心細さに苛まれることだってあるに違いないだろう。「誰かが支えてくれる」、その安心をバラパンに込めて、伊藤さんは届けているのだ。

ちなみに日本バラパン友の会のバッジを購入すると……。

barapan15.jpg

福島県南相馬市のひまわりのタネを手にすることができる。

barapan16.jpg

バラパンを通して、被災地とつながることができるのである。ちなみに伊藤さんは、今後熊本への支援を行っていく予定とのことだ。バラパンが広まることは、ただ出雲を知ってもらうきっかけだけではない。人と人とのつながりをもたらしている。

barapan12.jpg

さて、バラパンのルーツを辿ったら、商品がもたらす意外な事実を知ることになったのだが、改めてルーツを辿るために、製造元のなんぽうパンを訪ねた。

barapan13.jpg

お忙しいなか、石飛安夫社長と森山英一営業部長がお話を聞かせてくれた。バラパンが誕生したのは昭和29年のこと。今(2016年)から62年前のことになる。当時の職人が、雨上がりに咲いていたバラを見て、その形をパンにできないか? と試行錯誤を重ねた末に、誕生したのが今の形のバラパンである。

つまり、60年以上同じ形を保っていることになる。

barapan7.jpg

変わっていないのは、パンだけではない。比較的女性から支持の高い、パッケージのデザインも変わっていないという。

barapan17.jpg

製造にもこだわりがある。作業はすべて手作業で、1日2000個を作っている。県下はもとより、東京都内のスーパーにも卸している。全国で購入できれば良いのだが、これ以上製造量を増やすことは難しいようだ。味を守るためには、機械任せではできない、職人の技がある。むしろどこででも買えないからこそ、バラパンに出会った時の喜びが増すのかもしれない。

バラパンを考案した職人さんは、60年前にバラパンが人の縁をつなぐことを想像していたであろうか? おそらく、何とはなしに見たバラの花弁に魅せられて、パンにしようと思い立ったのかもしれない。

しかしこれだけは言える。考案した職人が見た「バラの花弁」と、今「人と人とのつながり」がもたらす“美しさ”は、同じものではないだろうか。

ページの先頭へ戻る