世界でも稀な景観芸術「築地松」を維持するための努力 / 1本枯れたら取り戻すのに100年かかる
出雲市を代表する景観のひとつに、「築地松」がある。斐川一体の平野部の住居を守る、防風林だ。大抵は松の木が植えられているのだが、これを維持するための努力が日夜続いていることをご存じだろうか? この13年で、築地松のある世帯は半分に減ったという。
築地松の保存を続けるために活動している、築地松案内人の瀬崎勝正さんにお話しを伺うと、
「1本枯れたら取り戻すのに、100年かかる」という驚きの事実を知った。
東京在住の私、ロケットニュース24のライターである佐藤は、郷里に帰る度に、出雲縁結び空港を利用している。飛行機が着陸態勢に入り、眼下に出雲平野の築地松を見ると、「帰ってきたな」と実感できる。住居を守る松の姿は、出雲の象徴であり、慣れ親しんだ景観なのだ。
瀬崎さんのお話を聞くまで、築地松が危機的状況にあるとは全然知らなかった。瀬崎さんによると、その歴史は古く、今から約300年前頃から屋敷の周りに防風林を植えるようになったそうだ。その昔は、スダジイやタブノキを植えて「屋敷森」としていたそうだ。
これが、江戸から明治にかけてクロマツを植えるようになり、その頃から陰手刈り(のうてごり)という剪定作業が行われ始めるようになる。
陰手刈りとは、松を美しく刈り込む作業のことを指す。ただ見た目を良くするだけではなく、松は大きく成長すると、四方に枝を広げて上の枝ばかりが盛んに成長するため、下の方の枝や幹が陰になり、日光不足になって枯れてしまうそうだ。それを避けるために、陰を刈る意味で「陰手刈り」と呼ぶそうである。
その陰手刈り職人は30名程度おり、築地松世帯は4~5年に一度、剪定を依頼することになる。そのための費用は市と県が半分持つことになっているそうだ。
剪定だけしていれば良い訳ではない。2000年代から全国で、急速にマダラカミキリムシ(松くい虫)の被害が広まり、築地松もその影響を免れなかった。その後に駆除剤の空中散布が行われ、一時期は抑制されたものの、空中散布が行われなくなると、山から松くい虫が降りてくるようになったのだ。出雲市全体の約8割が、影響を受けたと言われている。
斐川では素早く樹幹注入の駆除剤を実施して、その被害を最小限に食い止めるに至っている。
しかし問題は、これだけではない。樹幹注入の費用がかかるために、築地松の維持を放棄してしまう世帯が出るようになってしまった。そこで瀬崎さんら築地松景観保全対策推進協議会は、県知事に樹幹注入の費用の75パーセントを補助してもらうように陳情し、現在は助成金制度を確立するに至る。
築地松世帯がかかえる負担は多いように思うのだが、なぜそこまでして、守ろうとするのか。それには大きな理由がある。一度枯れると、植え直した松が元の大きさに戻るまで、100年かかるからだ。
実際に瀬崎さん宅の松を見せてもらうと、樹齢100~200年の立派な松は、築地松としてしっかりと防風機能を果たしているだけでなく、その立ち居姿の美しさに感動さえ覚える。
その一方で、瀬崎さん宅でもっとも若い樹齢70年の木は、若々しささえ感じる。幹の太さが格段に違うのだ。
この先30年を経て、70歳の松はやっと一人前に成長するといったところだろうか。その30年を人間の手で守ってやらなければならない。今日私たちが目にしている築地松は、その長い歴史のなかで、代々続いた築地松世帯の努力の結果にほかならないのである。
築地松を守るために、もっとも大切なものはなにか。瀬崎さんに尋ねると…、
「家が代替わりすると、松を切ってしまう世帯があります。維持することが大変だといって、放棄してしまう家があるけど、家族が対話して欲しいですね。築地松について家族で話合い、その価値を分かち合う努力をしていかなければ、この美しい景観を守ることはできません」
と語った。
美を意識し、景観に配慮した防風林は、世界的にも珍しいとのこと。海外からも視察に来る築地松は、出雲を象徴すると共に、日本を代表する美観であるといっても過言ではない。これからも長らく、築地松が維持することを心から願う。
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