「夢に見ると死ぬ」と言われる猪目洞窟から学べること / 迷信はただのウソではない

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松江市出身の私は幼少期に、出雲神話とゆかりの深い場所で過ごしていた。東出雲町の「黄泉平坂(よもつひらさか)」である。幼い頃は、そんな黄泉の入り口が近くにあることを知らずに過ごしていたのだが、振り返ると、そういう得体の知れない場所が存在することを、貴重なことではないかと思うようになった。

同じように、出雲市にも、黄泉につながると言われている場所がある。それが、猪目町の「猪目洞窟(いのめどうくつ)」である。

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テレビもネットも普及した今の時代。少なくとも日本において、あの世に通じる場所があると言っても、誰も信じることはないだろう。思えば、人は何でもかんでも知り過ぎてしまっているのではないかと思う。恐れるがゆえに人は自制し、恐れるがゆえに知恵を巡らせ、恐れるがゆえに人と人のつながりを尊重していたはず。

それが、何でも悟りきってしまったように知ってしまって、その実、何も知らないことを隠すように、相手を論破しようとしてしまいがちである。知らないからこそ、謙虚にもなれるというものだ。

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私が訪ねた猪目洞窟には、古い言い伝えがある。それは、「夢でこの場所を見ると死ぬ」というもの。迷信であるとわかっていながらも、ここを訪ねると、自然と背筋がピンとなり、おそれ多い気持ちになって、思わず祠に手を合わせた。

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地元の話によると、ここに足を踏み入れて、夢のうちに亡くなった人というのは、いないそうだ。実際現地は船の停泊場所になっていて、地元の人たちは気にすることなく暮らしている様子がうかがえる。

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しかしながら、穴の近くに近づいてみると、先の見えない暗闇が待っているように見える。そして、極度に傾斜を帯びた崖の様子が、猪の目を思わせるのだ。鋭い猪の目は、その表情がわからないのに、まるで私の心の内を見透かしているようにも見える。

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きっと古代の人たちは、やましい心を持つ人をここに連れてきて、そのやましさを戒めるために、「夢で見ると死ぬ、だから行動を戒めよ」と教えていたのではないだろうか? 恐怖心は教育にも生かされる。幼い子どもに「言うこと聞かないと、お化けが出るよ」と諭すのと同じだ。

迷信が真実であるかどうかよりも、その迷信に学び、自らを省みることが大事ではないかと思う。そう考えれば、古い言い伝えも、今に生かすことができるのではないだろうか。

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